なぜこの水の層は深さ5~8 km付近に存在するのでしょうか?

ポイントは火星の「地下の温度」と「岩石の孔隙(隙間)」です。

火星には地下数キロメートルまで永久凍土(クリオスフィア)と呼ばれる氷に満たされた層が広がっていると考えられています。

火星は太陽から遠く大気も薄いため地表付近は極めて寒冷で、水があればすぐに凍結してしまいます。

しかし地下深くへ行くにつれて惑星内部からの熱(地熱)によって温度が次第に上昇し、ある深さで氷点下を上回る領域が現れます。

現在の火星では、それがちょうど地下5~8 km付近にあたると考えられるのです。

つまり、それより浅い場所では氷になっていた水も、この深さでは融けて液体として存在できるようになります。

一方で、それより深い部分では岩石の性質が問題になります。

一般に惑星の地殻は深くなるほど上部からの重みで圧縮され、岩石中の隙間(孔隙)は潰れて減少していきます。

水は主に岩石の割れ目や孔隙に蓄えられるため、あまり深くまで降りてしまうと水が留まる空間自体が無くなってしまうと考えられます。

上からの重さで押しつぶされるように、液体の水が存在するのに必要な多孔質(ある意味でスカスカ)な地層が存在し得ないのです。

実際、先行研究では「深さ約11 kmより深い火星の地殻では、孔隙がほとんど消失している」との推定もあります。

このため液体の水が大量に存在できるのは、浅すぎず深すぎない5~8 km付近の層に限られると考えられるのです。

言い換えれば、火星では地下数キロメートルの深さにある「氷の層」(永久凍土)の下端部で氷が融けて水に変わり、しかしさらに深い層では岩石が隙間のない緻密な構造になるため水を保持できない、という状況だと考えられます。

今回示唆された水の層は、火星から失われた「行方不明の水(ミッシングウォーター)」の貯蔵場所として有力な候補かもしれません。

火星にはかつて膨大な水が存在していたものの、その大部分は大気散逸による宇宙空間への流出や、鉱物への吸収(化学的に水分が岩石に取り込まれる現象)、あるいは極冠の氷や地下の氷として残存していると考えられています。