元クロアチア代表DFダリオ・シミッチは、母国クロアチアのクロアチア・ザグレブ(現ディナモザグレブ/1992-1998)で頭角を表し、インテル(1999-2002)で活躍した後、ライバルのミラン(2002-2008)に移籍。そもそも“助っ人外国人”だったことと、元トルコ代表DFウミト・ダヴァラとのトレードだったことで“禁断の移籍”とは見なされなかった。

センターバックとサイドバックをこなす器用さの半面、「ピットブル(闘犬)」の異名通り、獰猛な守備とプロフェッショナリズムでチームを支えたシミッチ。

特にミラン在籍時は、2度のCL制覇(2003、2007)に貢献した。モナコ(2008-2010)にも在籍したが、彼のキャリアの中心はセリエA時代で、リーグ優勝、コッパイタリア、スーペルコパ、CL、UEFAスーパー杯、FIFAクラブW杯と数々のタイトルを手にした絶頂期だった。

インテルでもミランでも世界的スター選手に囲まれながら与えられたタスクを遂行し、4バックでも3バックでも柔軟に対応した。例え控えに甘んじていても腐らずに準備を怠らない真のプロフェッショナルだった。

クロアチア代表としては、3度のW杯(1998年フランス大会、2002年日韓大会、2006年ドイツ大会)に出場。代表キャップは100を数える英雄だ。