研究チームはまず、「ナイロン製の釣り糸が本当に海水中で分解するのか」を確かめるために、実際の海を利用したフィールド試験を行いました。
これは、実験室の水槽ではなく、海底や海の表層などに釣り糸を一定期間沈め、数週間から数か月おきに回収して状態を調べるという手法です。
海の中には多種多様な微生物や海洋生物が存在し、水温や潮流など自然環境もさまざまなので、実験室よりもよりリアルな分解の様子を観察できます。
回収した釣り糸を詳しく調べると、驚くことにいくつかの市販ナイロン糸だけが目に見えて表面に凹凸が生じていることがわかりました。
さらに、結び目の強度を測定してみると、実験開始時にはほとんど劣化が見られなかった糸が、数か月のあいだに大幅に弱くなっていたのです。
これは「何か(微生物など)が糸そのものを分解している」サインだと考えられます。
とはいえ、見た目が変化しているだけでは“生分解”と断定できません。
そこで行ったのが、BOD(Biochemical Oxygen Demand:生物化学的酸素要求量)試験です。
この試験では、微生物が分解に使う酸素の量を測ることで、素材がどの程度“食べられている”かをチェックします。
結果は予想を上回るものでした。
特定の配合(ナイロン6とナイロン6,6の比率)をもつ釣り糸は、代表的な生分解性素材であるセルロース(紙などの主成分)と同等レベルのBOD増加が確認されたのです。
セルロースは温暖な海域など条件が良ければ1年もあれば1kgの大部分が分解されるという研究例があるほど、よく分解される素材として知られています。
ただし海域や水温、微生物の量などに左右されるため、どこでも同じ速度というわけではありません。
そのセルロースと同等の生分解性を示す釣り糸があるという事実は、これまで「海洋では分解しない」とされてきたナイロンの常識を大きく揺るがすものでした。