ナイロン製の釣り糸は、長いあいだ「海では分解しない」と信じられてきました。
その理由のひとつには、高分子化学の教科書にもはっきりと「ナイロンは非生分解性である」と書かれているという歴史的経緯があります。
実際、耐久性や強度の高さを買われて釣り糸に使われてきたナイロンは、海に流出すれば「ゴーストギア(漂流漁具)」として海洋生態系に甚大な影響を及ぼし続けると考えられ、環境保護の観点でも大きな問題となっていました。
近年、ゴーストギアによる野生動物被害やマイクロプラスチック化のリスクが注目され、漁具素材の生分解性を向上させようとする研究は世界各地で進められています。
しかし、「そもそもナイロンが海で分解するはずがない」という先入観が強く、研究者たちはほかのプラスチックやバイオポリマーの探索に重点を置いていました。
そんな中で、「本当にナイロンは全く分解しないのか」と疑問を持つ人たちも少数ながら存在し、過去には断片的に「特定の条件ではナイロンが分解の兆候を示すかもしれない」という報告もありました。
しかし、現場レベルでの確証は得られず、一般的にはあまり注目を集められず、研究者コミュニティでも少数の事例として扱われてきたのです。
それでも、ナイロンは世界中の漁業やレジャー釣りで大量に使われている素材です。
もし「海洋中で生分解するナイロン」があるのなら、ゴーストギア問題の解決に向けた鍵となる可能性は大いにあります。
さらに、その事実が教科書の記述を覆すほどのインパクトを持つことは間違いありません。
そこで今回研究者たちは「実際の海洋環境で市販のナイロン釣り糸を長期間テストし、その分解の様子をフィールド実験と生分解度試験で徹底的に検証する」ことにしました。
こうして“常識を疑う”実験プロジェクトが始まり、驚きの結果へとつながっていきます。
分解しないと思われていたナイロン釣り糸が生分解されていた
