要するに、私達の生きている時代の情報資本主義に近いものを、マルクスは機械に蓄積される“一般的知性”という言葉で想像していた。これがメイソンの解釈である。

IoT

リフキンは、情報化が拡大し一般化する過程をインターネット・オブ・シングス(Internet of Things、モノのインターネットと訳している)として説明しているが、メイソンはわかり易く「情報がプラス」されたものとして、スポーツ・シューズ・メーカーのナイキの例で説明している(P.241)。

この会社は新聞広告などの従来型のメディアをやめて、シューズのユーザーにランニングのパフォーマンスを報告してもらう方法を採用した。2006年には1億5000万のデータを集め、これを新製品の製造に生かしている。メイソンが「社会の工場化」と呼んでいる代表例だ。

ドラッカーの引用と解説のあと、マネジメント・コンサルタントとしてリフキンが登場する。

「リフキンの著書は社会の方向性を明るく照らしている。モノが無料の世界は資本主義であるはずがないし、デジタル世界のような物理的な世界にも無料化が普及している」(P.244)

誰がつくる?

生産物が無料になったら利潤はゼロになるから資本主義的企業は成り立たない。では、誰が生産するのか?

その誰は、もう既に世界のあちこちに出現しているのだが、それをピアプロダクションと呼ぶ。ピアツーピア、すなわち市場を介さずインターネットを通じて生産者と消費者が直接つながる。そして相互に立場を交換する。つまり、生産消費者となり協働的な社会を形成する。仕事と余暇の境目があいまいになる。未来はネットワークで結ばれた新しいタイプの人によって構成される。

労働価値説再考

Aという商品があり余る程あったなら、それに価格はつかない。ということは価格の根底にある価値もゼロだ。このことを逆に見ると、価値があるとかないとか、つまりどのくらいの価値だという理論の背後にはA商品が不足している、希少にしか存在しないということが前提にある。メイソンは第6章で労働価値説を再考する。本書を輝かせている章のひとつだ。