それでも量子論の不可解さに直感で迫ったパウリの姿勢や、学問の枠を越えて議論した歴史的意義は評価されています。現代の脳科学や複雑系研究では「全体のネットワークが非線形(連続していない)に働くことで意味が生まれる」という視点が登場しており、パウリとユングの対話を再び参照する研究者もいます。
パウリとユングの協働は、厳密な科学の枠には収まりませんでした。それでも、量子力学の創始者が「心」の世界に飛び込み、心理学者とともに物質と意識の橋を架けようとした事実は、科学史のなかできわめてユニークです。
パウリは厳密な証拠や根拠が求められる物理の世界で、非常に緻密な理論を作り上げた学者でした。だからこそ、なんの証拠がなくても自身の直感で世界を語れるユングとの対話を楽しんでいたのかもしれません。
共時性やウーヌス・ムンドゥスはいまも証明を欠く概念ですが、量子論の奇妙さと人間の主観体験を並べて考えるきっかけを与えてくれます。
意外と知られていないこの歴史の一幕は、科学と哲学の境界を行き来する面白さを、私たちに改めて教えてくれるのです。
歴史で学ぶ量子力学【改訂版・1】「私のやったことは窮余の策だった」
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元論文
Jung and Pauli: A Meeting of Rare Minds(PDF)
Click to access s7042.pdf
https://assets.press.princeton.edu/chapters/s7042.pdf
The Pauli–Jung Conjecture and Its Relatives: A Formally Augmented Outline
http://dx.doi.org/10.1515/opphil-2020-0138
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部