これは、海女という職業が社会的にも重要だった環境下で、有利な変異を持つ女性が積極的に海に潜り、結果的にそうした遺伝的特徴が島の多くの住民にも広がったと考えられるからです。

(※有利な遺伝子を持っていてもその人物が海女さんになるかどうかはわかりません。しかし有利な変異を持つ海女さんが妊娠中も安全に仕事ができて子孫を多く残しやすくなるならば、結果的に島全体に有利な遺伝子が拡散していったと考えられます。島内部で遺伝子差異が小さくても、本土との間に大きな差があるのはそのためです)

研究チームはこのような遺伝的適応が比較的最近の数千年以内に起きた可能性を指摘しており、モデル解析では約1200年前から近年にかけて血圧関連の遺伝子に強い選択圧がかかったと推定されました。

ちょうどその時期は、済州島に海女文化が根付き始めたとされる歴史と重なる点も興味深いといえます。

つまり1200年という生物史的に極めて短い期間であっても、人類は水中に適応した状態に進化可能なわけです。

妊婦が潜ったから人類は進化した?

妊婦が潜ったから人類は進化した?
妊婦が潜ったから人類は進化した? / Credit:Canva

以上の成果は、済州島の海女さんが長年にわたる訓練によって卓越した潜水生理を身につけただけでなく、何世代にもわたる自然選択の影響によって一部遺伝的にも適応が進んでいる可能性を示すものです。

特に妊娠中に潜水するという特殊な慣習が、進化的淘汰圧となりうる点は非常に注目されます。

もし妊婦が繰り返し息を止めて潜ることで高血圧症や低体温症を引き起こしやすいのであれば、生存と出産に有利な遺伝的変異が子孫へ伝わりやすかったとも考えられます。

実際、済州島は脳卒中による死亡率が韓国でも低い部類にあるという報告があり、拡張期血圧の上昇を抑える変異が島民全体の健康に寄与している可能性が指摘されています。

本研究は、伝統的な潜水漁を生業とする集団の重要性を改めて示しました。