しかし遺伝子解析では、拡張期血圧の上昇をある程度抑えるとみられる特定の遺伝子変異を済州島側が高頻度で保有していることも分かりました。

特に注目されたのは二つの遺伝的変異です。

一つは低血圧に関連するとされる変異で、染色体8上に位置するDNA配列(Cアレル)の頻度が、本土では7%しかないのに済州島では33%に達していました。

この変異を持つ人は拡張期血圧が一対立遺伝あたり約10mmHg低くなる可能性があるとされています。

(※最大2個コピー持てるため、全く持っていない島民に比べて最大20mmHほど下の血圧が低下すると考えられます)

研究チームは「妊娠中に潜水する女性にとって高血圧症は大きなリスクとなるため、この遺伝子変異が自然選択で有利に働いたのではないか」と指摘しています。

実際、息こらえによる血圧上昇は妊娠中のリスク要因にもなり得るため、海女さんたちが代々安全に出産できた背景にはこうした遺伝的特性が関与したのかもしれません。

研究者の一人は「こうした特性は誰もが持っているわけではありません。彼女たちの身体は、いわば特殊な“パワー”を持っているのです」とコメントしています。

もう一つの注目変異は寒冷耐性に関連するもので、寒さによる痛みの感受性に関与するとされ、冷たい水に長時間潜るうえで有利に働いた可能性があります。

この遺伝子は以前から「冷水耐性」に関わると報告されており、海女さんでは選択の痕跡が見られました。

興味深いことに、済州島の海女さんたちは冬の厳寒期でも漁を続け、「風速警報が出ない限り潜る」と話すほどの強靭さを誇ります。

ただし本研究では個々の耐寒テストは実施しておらず、どの程度寒冷順応に寄与しているかは今後の研究課題です。

以上の解析の結果、済州島全体と本土集団の間には明確な遺伝的差異が認められ、潜水時の血圧調整や寒冷耐性にかかわる有利な変異が島内全体に蓄積している可能性が示唆されました。