その分、オタマボヤ胚は発生開始と同時に自前の遺伝子群を起動し、少ない調節因子で各細胞の運命を一気に決定して突き進みます。

まさに「一直線に突っ走る」タイプの発生プログラムであると言えるでしょう。

海の表層は栄養や温度が日替わりで変わる気まぐれな世界です。

オタマボヤは卵からわずか数日で大人になり産卵できる超時短ライフを武器に、「いい環境が整ったら逃さずに一気に増えることができる」戦略をとります。

プランクトンの大発生など短期間しか続かない餌の山を取りこぼさないので、わずかな好機でも個体数を爆発的に増やせます。

逆に環境が悪化すると成体はあっさり死に、水中に残った卵や幼生が漂いながら次のチャンスを待つため、大集団としてのリスクも抑えられます。

こうした瞬発力重視のライフスタイルこそが、変動の激しい外洋でオタマボヤが生き残る鍵になっています。

“いらないものは捨てる” 削ぎ落とし進化

今回の研究により、オタマボヤが極めて簡略化された遺伝子プログラムで体づくりを行っていることが明らかになりました。

これは、不要な遺伝子を失うことによって新たな発生様式が生まれる可能性を示唆しています。

従来、進化は機能の追加によって形づくられると考えられがちでしたが、オタマボヤの例は「削ぎ落とす」ことでも十分に多様性が生まれることを教えてくれます。

脊索動物の基本設計を支える最小限の遺伝子セットが浮かび上がり、「本当に必要な要素だけ」で体軸や細胞運命を決定できることに驚かされます。

この“最小限発生プログラム”の全貌は、発生生物学にとどまらず再生医療や合成生物学にも新たなヒントを与えるでしょう。

(※つまり逆を言えば脊索動物になるためにはゾウリムシ程度のゲノムサイズで十分なわけです)

例えば、必要最低限の遺伝子だけで人工的に胚発生を再現する試みや、簡素化モデルを用いた実験系の構築が期待されます。

また本研究で構築されたステージ別遺伝子発現データベースは、オタマボヤをモデル生物として利用するための貴重な基盤となります。