2つ目は転写因子群の大幅な簡略化でした。

転写因子は、細胞という巨大な図書館で“本棚の鍵”を持つ司書のような存在です。

読みたい遺伝子(本)の前に立ち、鍵を差し込んで表紙を開くと、その設計図のコピー機に送られて設計図の部分写し(RNA)が作られ始めます。

どの棚を開けるか、何冊同時に並べるかを瞬時に判断しているため、司書の采配ひとつで細胞の“今日の業務”が決まります。

もし鍵を失ったり間違った棚を開けたりすると、必要な設計図が読めずに細胞の機能全体が滞る――まさに細胞経営の要(かなめ)です。

そんな大切な転写因子ですが、32細胞期の胚で発現している転写因子は25種類に過ぎないことが分かりました。

同じ段階のホヤ胚ではこの倍以上の転写因子が働くことが知られています。

つまりホヤの胚発生を支える転写因子の半数以上が、オタマボヤでは存在しないか全く使われていないのです。

言い換えれば、オタマボヤはホヤに比べて発生過程の遺伝子制御網が大幅に圧縮・簡略化されています。

3つ目は母性mRNA局在パターンの違い

多くの動物では、未受精卵中に蓄えられた母性因子mRNAが受精後に胚内の特定領域へ再分配されることで体の前後が決められます。

卵子の中にはあらかじめ大量の設計図の部分写しが存在しており、受精が始まると「部分写し作業(RNAの0からの生産)」の過程をかなり飛ばして、素早く発生が始まります。

ホヤの卵は、受精するとすぐに中身が「ザバーッ」と流れ動き、母親が入れておいた遺伝子メッセージ(母性mRNA)が卵の下側に集まります。

ところがオタマボヤは、最初からそのメッセージを下側に並べたまま受精を待つので、あとでかき混ぜる作業がいりません。

さらに別のメッセージは、卵が分裂していく途中で“仕分け係”のように後ろ側の細胞へ振り分けられるしくみが働きます。

つまりオタマボヤでは、受精前から必要な母性因子の配置が完了しており、受精後の大掛かりな再配置を行いません。