さらに認知の柔軟性を測る課題切り替えテストでは興味深い差異が見られました。

最も難易度の高い切り替え課題において、演奏者は非演奏者より反応時間がわずかに遅れたものの、その代わりエラーが少なく反応のブレも小さいという結果だったのです。

一見「遅い」のは悪いことのようですが、これは慎重で落ち着いた対処を示しており、衝動性が高くミスが出やすいADHDではむしろ望ましい戦略と考えられます。

実際、演奏者グループは素早さよりも正確さを優先する熟考型のアプローチで課題に取り組んでいたと解釈できます。

ADHDの中核症状である衝動性の高さを抑え、ミスを減らすことに成功していたわけです。

衝動性という点では、持続注意・抑制のテスト(CPT)でも顕著な違いが確認されました。

演奏者グループは、反応してはいけない場面でつい反応してしまう「コミッションエラー」の数が非演奏者より大幅に少なかったのです。

このエラーは抑制力の弱さ(衝動的にボタンを押してしまう)を反映しますから、演奏者は非演奏者に比べ衝動を抑える力(抑制機能)が高いことを意味します。

一方で、注意を持続する能力そのもの(決められた刺激に反応し続ける集中力)についてはグループ間の差は小さく、統計的に有意といえるほどではありませんでした。

つまり音楽経験者では特に情報処理や記憶、そして衝動制御といった領域で顕著な強みが示され、一方で持続的な注意力についてはわずかな改善傾向こそあれ同程度だったと言えます。

総合すると、楽器演奏グループはADHDで弱点となりがちな広範な認知スキル(注意配分、ワーキングメモリ、情報処理速度、認知の切り替え・抑制など)において優位に立っていました。

これは「楽器の練習という経験が、ADHD当事者の脳の認知機能を底上げしている可能性」を示唆するものです。

特筆すべきは、参加者の中には17歳を過ぎてから楽器を始めた人もいた点です。