ちなみに、この1.3%という値はベイズ統計(ヘイズ分析)で算出されたもので、複数の写本に含まれる新規エピソードや政治的改変の量を総合的にスコア化し、「どれだけ原本に忠実か」を示す尺度なのです。
それがわずか1.3%ということは……黒人サムライ「弥助」のイメージががかなり危ういことを示します。
その問題意識から今回の研究では、散らばる70点もの写本を相互に照らし合わせ、数理モデルや語彙変遷の比較を用いて「弥助像の原画」を復元することをめざしています。
その成果が、私たちが抱く「黒人サムライ弥助」のイメージを大きく揺るがす可能性は十分にあるのです。
黒人サムライとしての「弥助」は江戸時代の脚色が起源だった

研究チームがまず着手したのは、『信長公記』とその周辺史料合わせて七十点もの写本を総点検し、「どれだけ後世の改変が入り込んでいるか」を測ることでした。
ここで研究者たちは、生物学的な“変異”の発想を応用し、写本に加えられた改変をあたかも「ウイルス感染」にたとえて評価する手法を取り入れています。
原本から離れるほど“変異”が生じやすいという考え方をベースに、年代の開きや一次証言の有無、独自のエピソード数などを指標化し、それぞれにスコアをつけました。
そして最後にヘイズ分析を用いて、「どれだけ改変(ウイルス)の侵入を受けていないか」を確率で示したのです。
たとえば戦国当時に最も近い〈池田本〉は、一次証言が多く政治的潤色も少ないため健康状態が良好と判断され、最高ランクを獲得しました。
一方、江戸中期に成立した〈尊経閣本〉は、時代ギャップの大きさに加え、“弥助=サムライ”という要素が唯一無二の“変異”として組み込まれていることが判明し、なんと「非改変確率1.3%」という衝撃的な低評価になったのです。