課題と留意点: 他方、このモデルにはいくつか重大な課題があります。第一に自己責任に伴う格差拡大リスクです。公的年金が定額のみになると、中所得以上の層では現役時代との所得代替率が大きく低下します。その不足分を各自が私的年金で補うわけですが、十分な拠出ができる人とできない人、運用が上手くいく場合といかない場合で、老後所得に大きな格差が生じる可能性があります。結果的に富裕層は豊かな老後を送れる一方、計画的な準備ができなかった層は基礎年金+生活保護頼みのギリギリの生活となり、高齢期の経済格差が現在以上に広がる懸念があります。これは「自己責任だから仕方ない」という考え方もありますが、社会的連帯の観点から許容しがたい格差が生まれないよう、私的年金への強制加入度合いや生活保護の水準設定などでコントロールする必要があります。第二に自発的加入の限界への対策です。ニュージーランドではKiwiSaverがあるにもかかわらず加入率は6~7割に留まっています。日本でも単に任意加入を促すだけでは不十分であり、事実上の強制加入に近い仕組みが必要でしょう。英国のような自動加入+オプトアウト方式は一つの解決策で、心理的ハードルを下げ高加入率を実現しましたcommonslibrary.parliament.uk。日本でも、全企業に対し従業員を企業年金(もしくはiDeCoなど個人型年金)に自動加入させる義務を課し、一定期間内に本人が明示的に脱退を希望しない限り積立が継続される仕組みを導入すべきです。また自営業者やフリーランスについても、業界団体や国民年金基金を通じた集団加入スキームを用意し、実質的に全就労者が何らかの私的年金に加入する体制を目指す必要があります。第三に基礎年金の水準設定です。公的年金が基礎のみになる以上、その水準如何で高齢者の貧困率や必要財源が大きく変わります。ニュージーランドのように平均賃金の7割近い高水準の基礎年金を出す場合、当然ながら財源負担も重くなります。逆に日本の現行国民年金並み(月額6.5万円程度)では最低生活を維持できない高齢者が多数出る恐れがあります。最低保障としてふさわしい基礎年金額を設定し、それに見合う財源を確保することが本モデルの成否を分けます。財源については改革案1と同様、消費税を中心に広く負担を求めることになりますが、厚生年金廃止により将来的には基礎年金分の財源だけで済むため、長期的な税負担水準は河野氏試算(消費税+7~8%)より抑えられる可能性もあります。仮に財源不足が懸念される場合は、給付開始年齢のさらなる引上げ(例えば68~70歳)や給付額の見直しも選択肢となります。第四に移行期の制度運営です。厚生年金を直ちに廃止すると言っても、既に保険料を拠出してきた現役世代には将来給付の権利があります。これを無視すれば契約不履行となるため、現役世代には原則としてこれまでの加入期間に応じた報酬比例年金を従前通り給付しなければなりません。新規に厚生年金の加入者・拠出が無くなると現給付の財源が不足しますから、こちらも相当額の税投入が必要になります(改革案1の場合と違い、新規拠出自体がゼロになるため、むしろ一般財源負担は重くなり得ます)。このため一案としては、厚生年金保険料を直ちにゼロにはせず一定期間は名目上徴収を続け、それを全額現給付に充当して将来債務を減らしつつ段階的に制度を縮小終了させる方法が考えられます。極端に言えば「現役世代全員が最後の保険料拠出世代となり、自分たちの給付は放棄する代わりに自分たちの拠出は親世代に充てる」という社会契約を結ぶ形ですが、これは世代内で完結する分だけ世代間不公平は小さいものの、現役世代の理解を得るハードルが高いでしょう。結局のところ、改革案2を実行するには政治的にも国民的にも相当の覚悟と合意形成が必要です。老後の生活はまず自分で備えるという自己責任哲学への国民的コンセンサス、そして公的年金に頼りきれないことへの国民の理解が不可欠となります。加えて、私的年金市場の整備・監督(金融商品の信頼性確保、手数料規制、破綻時の救済ルールなど)、高齢期に十分な資産形成ができなかった人へのケア(生活保護の周知徹底やスティグマ緩和、住宅・医療といった他分野での包括支援)といった政策的フォローも求められます。
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