研究者たちは、長らく覆われていたサハラの謎に挑むことになりました。
サハラで見つかった“もうひとつの人類の物語”

研究者たちはまず、タカコリ遺跡で見つかった2人の女性の遺骨から、極めて少量ながら残っているDNAを丁寧にすくい上げることに挑みました。
サハラの高温・乾燥環境では骨のDNA含有率が約0.1~1%程度しかない場合が多いものの、最新の手法を用いて根気強く採取した結果、1人は約88万箇所(TKH001個体)、もう1人は約2万3千箇所(TKH009個体)という大量の遺伝子情報(SNP)を得ることに成功したのです。
7,000年前という時代に、これほど詳細なゲノムデータが得られた例はサハラ地域では極めて珍しく、今回の研究はその点だけでも画期的と言えます。
いざその“遺伝子地図”を広げてみると、サブサハラ系やヨーロッパ系、中東系とは大きく異なる特徴が浮かび上がりました。
まるでサハラ北部が孤立した“島”のように、外部との混血があまり起こっていなかった形跡が見られたのです。
一方で、ごく一部に“中東(レバント:現在のシリア、レバノン、イスラエル周辺)系”の遺伝子が混入しており、そこから推定されるネアンデルタール(約40万~4万年前にユーラシアに分布していた人類の一種)由来DNAの割合は0.15%ほど。
これは非アフリカ人によく見られる1~2%前後よりは大幅に少なく、サブサハラの古代人が一般的に持つほぼ0%よりはやや高い、きわめてユニークな値でした。
さらに、この2人の遺伝子パターンは、モロッコにある約1万5,000年前のタフォラルト遺跡で見つかった人骨とも似通っていることが判明しました。
「北アフリカ一帯には、少なくとも数千年単位、あるいは1万年以上にわたり、サブサハラやヨーロッパ・アジアとも異なる独自の集団が続いていたのではないか」という見解が、ここでより強固になってきたわけです。