これでは、脳がどうやって幅広い映像や状況に対応しているのかを十分には説明できません。
そこで最近注目されているのが、“ファウンデーションモデル”を脳科学に取り入れようとする研究です。
イメージとしては、「複数のマウスから集めた大量の映像・行動データを一つにまとめて、そこから“基礎となる要素”を抽出しよう」という感じです。
たとえば、いろんな街の地図を全部重ねてみて、「このへんは住宅街が多い」「ここは山がちで道が少ない」といった“共通項”を浮かび上がらせるイメージに近いでしょう。
そうやって見つけた“共通のコア”をAIに覚えさせれば、新しいマウスが登場しても、そのわずかな差分をちょっと補正するだけで「このマウスはこう反応しそうだな」と脳活動を予測できるようになる、というわけです。
さらに興味深いのは、電子顕微鏡で調べたニューロンの形やシナプスの配置が、AIが学習した「機能的な特徴」(脳がどんな計算をしているかを示す指紋のようなもの)と対応づけられる点です。
これによって、コンピュータ上で動いている“電子脳”が本当に実際の脳構造に近いかどうかを確かめられるようになってきました。
もし整合性が高ければ、その“電子脳”を使って仮想的な実験を行い、まだ試していない映像や条件での脳活動を予測したうえで、実際のマウス実験に役立てる――そんな効率的なサイクルが実現するかもしれません。
「電子脳」という言葉が使われる背景には、このシステムが数値モデルというよりは、実際のニューロンの活動や情報処理のメカニズムを“電子”の世界に移植し「仮想空間のなかに脳をそっくり作り上げる」という点があります。
もし本当にコンピュータ上の“マウス脳モデル”が、生きたマウスと同じようにいろいろな映像や状況に対応できるのなら、脳研究は新たな段階へと突入するでしょう。
実験動物を長時間観察する必要がないだけでなく、人の手間やコスト、さらには生命倫理上の負担も大幅に軽減できる可能性があります。