しかし、その膨大なデータをどう整理して“脳の全体像”に近い機能モデルへつなげるかは、また別の大きな課題でした。

なぜなら、たとえばある映像をマウスが見たときに反応するニューロンのパターンは、マウスの個体差や映像の種類、マウスが置かれた環境の変化などで大きく変わるからです。

イメージとしては、同じ地図を使っているつもりでも、マウスによってコンパス(方位磁針)のずれ方が少しずつ違うような状態だと言えます。

ここで注目を浴びているのが、最近あちこちで耳にするAI、特にディープラーニング(深層学習)の技術です。

マウスの視覚野がどのように情報を処理するかを、人工ニューラルネットワークの各モジュール(視点情報、行動情報、核となる処理部、出力部)で図示
マウスの視覚野がどのように情報を処理するかを、人工ニューラルネットワークの各モジュール(視点情報、行動情報、核となる処理部、出力部)で図示 / この図は、マウスの視覚野がどのように情報を処理するかを、人工ニューラルネットワークの各モジュール(視点情報、行動情報、核となる処理部、出力部)で図示した、いわば「脳の仕組みの地図」です。マウスが見た映像や動きがどのように分解され、最終的に各ニューロンの反応として再現されるかという、全体の流れを示しています。/Credit:Eric Y. Wang et al . Nature (2025)

たとえば、写真の分類や文章の生成を行うAIの世界では、大量かつ多様なデータを事前に学習させる“ファウンデーションモデル”が次々と実用化されています。

犬や猫、風景、文字など、あらゆる画像や文章を一括で学んでしまえば、新しい分野の写真や文章にも柔軟に対応できる――こうしたアイデアは、複雑なマウスの脳研究にも応用できるのではないかと考えられているのです。

従来の脳モデルでは、たとえば自然の動画だけを使って学習させると、ギャボールパッチ(白黒の縞模様)やノイズなど人工的な刺激を与えたとき、一気に精度が下がってしまうことが多々ありました。

まるで「特定の町の地図だけは詳しいカーナビ」が、新しい道に入った瞬間に道に迷うようなものです。