複数のステーションを経由していくうちに、痛みの強さや種類などが次々と処理され、必要に応じて「これはただの刺激か、それとも危険信号か?」と判断されていきます。

こうした多層的な仕組みをまるごと試験管内にまとめようとしても、今までは技術的な制約が大きく、思うようにはいきませんでした。

さらに、動物を使った実験では「動物モデルでは痛みを訴えられない」「ヒトとは遺伝子も感覚の閾値も異なる」といった理由から、人間の痛みと必ずしも一致しない部分がありました。

このギャップは新薬の開発などにも大きく影響し、“動物実験では効いた薬がヒトでは効かない”といった問題が繰り返し起きていたのです。

そこで注目されてきたのが、ヒトiPS細胞から作られる人工培養脳──通称「脳オルガノイド」です。

近年、脳オルガノイドを使ってミニチュアの脳組織を作り出し、アルツハイマー病や精神疾患のメカニズムを調べる研究が活発になりました。

しかし、既存の脳オルガノイドの多くは、脳の一部だけを再現したり、限られた機能だけを観察したりするものが中心でした。

痛みのように末梢と中枢をつなぐ複雑な回路を“まとめて”再現するのは至難の業だったのです。

とはいえ、痛覚の本質を理解するうえでは、「末梢から脳までの情報伝達をそっくりそのまま再現する」ことが理想的です。

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脳オルガノイドと呼べるのは視床、大脳の2つで末梢と脊髄は神経オルガノイドに近いものとなっています。そのため厳密には直列接続されている脳オルガノイドは3つで残りの1つは末梢神経と言えます/Credit:Ji-il Kim et al . Nature (2025)

もし研究室の中で人間の痛み回路を再構築できるなら、末梢から脳までの信号がどう変化し、どの部分で痛みが強化され、あるいは抑えられているのかを直接観察できるようになります。

これは慢性痛や先天性無痛症などの原因解明や新薬開発にも大きく役立つ可能性を秘めています。