「あっ、熱い!」 ──私たちは、熱いフライパンに手を触れた瞬間、すぐさま痛みを感じ、思わず手を引っ込めます。
この“痛みを検知して脳が反応する”現象は日常的なものですが、いったいどのような仕組みで生じているのでしょうか。
アメリカのスタンフォード大学(SU)でお行われた研究によって、ヒトの脳を模した“オルガノイド”を培養することで、まるで試験管の中に痛みの伝達回路を再現できるようになったと報告されました。
従来、痛みの研究は多くを動物実験に頼ってきましたが、人間の痛みをそっくり試験管内で再現できれば、新薬開発や慢性痛の治療に大きな変化をもたらすかもしれません。
「痛みを処理できる脳オルガノイド」はいったいどのように誕生したのでしょうか?
研究内容の詳細は『Nature』に掲載されました。
目次
- 複雑すぎる痛覚回路を丸ごと再現したい理由
- 四つのオルガノイドを“直列接続”──試験管で痛みの伝播を可視化
- 脳オルガノイドがもたらす痛み研究の未来
複雑すぎる痛覚回路を丸ごと再現したい理由

痛みは、言わば私たちの「警報装置」です。
指先にトゲが刺さったり、熱いフライパンに触れたりした瞬間、ビリッとした感覚が体を走って「危険だ!」と知らせてくれます。
これは外界や体内の異常を検知し、脳に伝えることで回避行動をうながす大切な仕組みです。
しかし、この痛みの“正体”をひとつの実験系で丸ごと再現するのは、実はとても難しいことでした。
なぜなら、痛みは単純な“一直線”の情報伝達ではなく、末梢の感覚受容器で発生した信号が脊髄を通り、さらに脳深部の視床へ渡され、最終的には大脳皮質にまで届く、複雑な階層構造になっているからです。