聖書の物語では、人類はアダムとイヴという一組の男女から始まったとされています。そしてノアの方舟では、あらゆる動物たちがオスとメスのペアで乗せられ、種を存続させたと語られています。
こうした神話に触れると、「本当にそんなふうに種は繁栄できるのか?」という疑問が自然と浮かびます。
特に生物に関心のある人ほど、「近親交配で生き物を増やすのは無理があるのでは?」と感じることでしょう。
実はこの素朴な疑問、かつて進化の理論が確立する前から、静かに人々の間で囁かれてきたものでもありました。
今回は、聖書の内容に疑いを抱き始めた時代の人々が悩んでいた「生物の繁栄の仕方」という謎を、歴史の流れとともに解説していきます。
目次
- ダーウィン自身も悩んでいた、「近すぎる血のつながり」
- 最初の生命はどうやって始まったのか?
- 種は「ひと組」ではつくれない――多様性と進化の仕組み
ダーウィン自身も悩んでいた、「近すぎる血のつながり」
17〜18世紀に啓蒙思想と聖書批判がはじまります。
啓蒙思想とは、理性と観察を重視する考え方で、「神話の内容は文字通りの真実ではないのでは?」という批判的視点が生まれるのです。
特に、フランスのヴォルテールやルソーなどは、聖書の内容に対して批判的であり、「人間の起源」や「人類の多様性」は宗教的説明だけでは足りないと考えていました。
ただしこの段階では、まだ遺伝子や近親交配に関する科学的知識がなかったため、「一組から種を復元できるのか?」という問いの答えはありませんでした。
そして1859年、チャールズ・ダーウィンが『種の起源』を出版し、進化の考え方が世に広まっていきます。
ただこのときはまだ、ダーウィン自身、遺伝の仕組みを詳しくは知らない時代でした。
そんな中でダーウィンは、ある懸念を抱きました。
それが近親交配に潜むリスクです。
ダーウィンが近親交配に関心を持った背景には、彼自身の結婚相手が“いとこ”だったことが深く関係しています。
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