しかし最近の実験では、室温や水溶液中といった日常的な環境下でも、特定のタンパク質繊維は量子的に協調した状態を保てるらしいことがわかってきました。
これは私たちの身体内部で起こる分子レベルの相互作用が、想像以上に効率的かつ高速な情報処理である可能性を示しています。
言い換えれば、細胞はたんに化学反応を起こしているだけでなく、量子力学の原理を活用した“計算機”として機能しうるということを暗示しているのです。
では、実際に細胞のタンパク質構造はどのようなメカニズムでこれほど高速な計算を実現しているのでしょうか。
また、その“計算結果”はどのように細胞の活動や生命現象へと結びついているのでしょうか。
そうした謎を明らかにするため、今回研究者たちは「もし量子現象があるとしたら、それはどれほど強力な情報処理パワーを持ち得るのか」という根本的な問いにも迫る挑戦をはじめました。
細胞の計算速度は量子コンピューターを超える
細胞の計算速度は量子コンピューターを超える / 図1は「生命が紫外線で励起される量子的自由度(量子状態)を使って情報処理を行っている」という研究の全体像を示すものです。ざっくり言えば、 (A)ニューロンのない生物(菌類や単細胞生物など) (B)ニューロンを持つ生物(動物など) (C)人間が作った従来型のクラシカル・コンピュータ (D)ニューロンがない真核生物の細胞骨格 (E)ニューロン軸索内のタンパク質束 (F)将来的な量子コンピュータ ……といった対象を比較しているイメージです。ポイントは、従来は(A)や(B)などの生物における情報処理速度として、「ニューロン発火による1秒あたり数百~数千回の処理(10^3オーダー)」が上限と思われていました。ところが最近の実験結果では、タンパク質繊維(細胞骨格)内にあるトリプトファンなどの“量子発光”を利用した「超放射(スーパーラディアンス)」状態が確認され、これだと1秒あたり10^12~10^13回程度という非常に高速な情報処理が可能になるかもしれない、というのです。 図の中には、紫外線励起によって高エネルギーの光子がトリプトファン分子間を“協調”させる仕組みが描かれているはずで、これが「マルゴリス=レヴィティン速度限界」という量子論的な最短変化時間に迫るほど高速な演算を暗示している、と示唆しています。 (A)(B) では「イオンチャネルや電気的スパイク」による従来の脳神経モデルを想定すると10^3オーダーでしか計算できない。 (D)(E) ではタンパク質の量子的ふるまいを加味すると、その速度が10^12~10^13オーダーに跳ね上がる。 さらにこの図には、(C)既存のコンピュータや、(F)今後発展する量子コンピュータなどもあわせて示されており、「生命がもし本当に“量子的演算”を利用しているなら、人類の築いたコンピュータの限界を再考する必要がある」という問題提起になっています。/Credit:Philip Kurian . Science Advances (2025)