私たちが普段「生命の情報処理」と聞くと、多くの人は脳や神経系の働き、あるいはDNAの遺伝子情報などを想像するでしょう。

確かに、これらは生物学の主要なテーマですが、今回の研究からは、私たちが考えていた以上に“細胞レベル”の仕組みで、しかも“量子的なふるまい”を活用している可能性があることが浮かび上がってきました。

もともと従来の見方では、動物の脳内にある無数の神経細胞をすべて足し合わせたとしても、その情報処理能力には“古典的な限界”があると考えられてきました。

ところが、細胞骨格を構成するタンパク質繊維が、紫外線励起によって「超放射(スーパーラディアンス)」という現象を起こすとき、想像以上に高度な量子効果が働いていることが分かってきたのです。

簡単に言えば、タンパク質の分子たちが一斉に光を放つことで、全体として非常に高速で協調的な情報処理が可能になる、というイメージです。

ここで特に話題になっているのは、地球上の真核生物が長い年月のあいだに積み重ねてきた情報処理量が、なんと“宇宙全体の計算回数のおよそ平方根に匹敵するのではないか”という上限的な推測です。

宇宙全体の計算回数が10の120乗規模だとすると、その平方根は10の60乗という、やはり想像を絶する数字です。

もちろん、宇宙自体がいかに膨大な演算を行っているかは、同じくらい驚くべきことですが、もし地球という一惑星で進化した生命が、その平方根オーダーまで迫る情報処理を長い時間をかけて担っているとしたら——私たちの存在が宇宙の中で占める“計算的な意味”は、これまで考えられていたよりもはるかに重いかもしれません。

さらに今回の実験は、細胞のタンパク質繊維が「マルゴリス=レヴィティン速度限界」に近いスピードで状態変化を起こせる可能性を示唆しています。

量子コンピュータの研究者にとっては、この速度限界をいかに突破するかが大きな課題ですが、生き物はごく普通の室温環境でそれをすでにやってのけているかもしれない、というのです。