単純に言えば、「例えば移民問題に対処を求める国民の声」自体には、上から目線でお説教してないで真摯に耳を傾けつつ、それを「理想主義が崩壊しない着地」に持っていくような「受けて立つ」姿勢が必要なのだ、という方向性を揺るぎなく共有していくことが必要なんですよ。
より具体的に言えば、
「今の携帯電話会社が、SNSで”繋がりにくい”という声が出たところに即応してアンテナを整備する」
…ような形で、
「外国人との共生問題とそこからくる排外主義的主張」が出てきたら、それに対して「お説教」するのではなく、
「どうやってニューカマーにゴミ出しのルールを守ってもらうかというレベルの具体的な算段」を徹っっっっ底的積んでいくことによってのみ、「理想」を守ることができるのだ
という部分を
「揺るぎない合意点にしていく」
…ということです。
要するに「抽象的な正義」だけをポーンと放りだしてかっこよく演説してそれだけで通る時代じゃないってことですね。
その「正義を実現するために泥をかぶる」部分までを、徹底的に社会全体で共有して向き合っていく必要がある。
日本の中には「そういう活動」をしている人自体はチラホラいるけど、両極分化してしまう党派論争の狭間に落ち込んじゃうからなかなかそれをキチンと「徹底的に」やることができない。
しかし「それこそ」が本当の「正義」と呼ぶに値する行為なのだ・・・という部分で、欧米が社会的にどんどん混乱していく中で、その「理想」をちゃんと地に足ついたバージョンとして形にしていくことがこれからの日本の使命ってことになるわけですね。
4. もっと「マクロ」に見た時のメタ正義感覚が必要
「ゴミ出しのルール」はわかりやすいから言ってるけど、牧歌的な左翼風の「共生イベントをやる」みたいなレベルの話では、そもそも全然足りてないよね、ということが明らかになってきている時代ではあると思います。
単純にミクロなレベルでやれることとしても、「ゴミ出しのルールを守ってもらうための」っていうのを、ただ多言語版のお知らせを出す・・・というレベルの話でなく、もっと真剣なタウンミーティング的なものや、そもそも「入り」を法律的にある程度厳格化してコントロール可能なものにしていく・・・というレベルの事も必要になってくるでしょう。