バンス演説が問いかけているのは、その「米国型の民主主義」の観点からいえば、「正しい」意見と「正しくない意見」をエリートが決めるという構造自体が「民主主義の根幹」自体を危うくするのだ、という主張になるわけですね。
別の言葉で言えば、
・「どう考えても正しくない意見」だろうと「個」の側は主張する権利があるし、それがまとまって一つの意見として大きくなれば、それを無視することはするべきではない・・・というのが「米国」型の民主主義の発想。
・「どう考えても正しくない意見」に乗っ取られてしまうのは「適切な議論が混乱させられている」ということだから、そういう風潮に持っていかれないようにしないといけない・・・というのが「欧州」型の民主主義の発想。
そういう視点で、バンス演説の最後の数分の部分を聞くと、結構「感動」する部分もあるというか、「これはこれで明確な一つの考え方だな」と思う部分があると思います(以下動画リンクは最後の数分に飛ぶので一応見てみていただければと)。
5. とはいえ!トランプ政権のやってることでいいのか、っていうと・・・
「とはいえ!」って話があって、バンス演説の最後の部分には感動する部分はあるけど、じゃあトランプ政権がやってることが全部それでいいのかっていうと・・・
アメリカは超大国だから、「やろうとすればできること」ってのが沢山あるわけですが、でもその「普段はアメリカが特有の責任を果たしてくれてるから、アメリカの利益を周りも認めてた」的な部分が沢山あって、アメリカ国民だってそれに受益して今まで自分たちの立場を保ってきたのに、「なんでもかんでもアメリカ・ファースト」にされたらマジで困るんですよね。
人類社会のとりあえずの平和の基礎が根こそぎ崩壊してってしまう。
あまりにアメリカが「そういう役割をかなぐり捨てた」態度を取りまくることで、もう「欧米側が世界をリードしてることの存在意義」すら掘り崩されてしまって、よく国際関係学の学者さんが言ってるけど「中国とかは内心小躍りしてる面がある」と思います。