そもそも戦争にならないようにするためにもっと出来たことはあったのでは?

…というのは真剣に考えなきゃいけない事になっているのだと思います。

でもこれってなかなか難しい問題なんですよね。

完全に欧米由来の「理屈だけ」で言えば、ウクライナには国家主権があるわけで、民主主義的に表現された国民の意志としてNATOに加盟したいと思うならNATOに加盟するアクションを起こす権利はあるし、EUに加盟したいと思うならその権利はあるというのはまあ前提ではあるんだけど・・・

一方でもっとマクロに見たレベルでの、「西欧列強の圧迫を受けている(と感じている)ロシア側の視点」で見れば、そういう「ウクライナの当然の権利」がもたらす政治的波及効果というのは致命的なレベルで存在する。

プーチンが考えているような、「そもそもウクライナっていうのはロシアの一部なんだ」という「ロシアの極右の歴史観」

…をそのまま認めろという話では全然ないが、ただ一方で、

「際限なく”西側勢力”が世界を覆っていく流れ」自体を何の留保もなく肯定していいのか?というのは大きな疑問符が付く時代になってしまった

…ということですね。

「”西側の理想”を世界中に無条件に押し広げるべき」を、”西側世界以外にも納得してもらう”ためには、その「”西側の理想”とやらがただの欧米列強のエゴが隠蔽されたゴリ押しではなく、あらゆる人類社会全体のためのものである」という説得性が必要

⋯なんですが、実態としてもその辺結構怪しい部分は当然あるよね!というのを誤魔化しきれなくなってきている。

これは欧米人(の一部)がたまに使って非欧米の人や欧米社会内の逆側の立場の人が毎回憤激している

『歴史の正しい側』

…というような用語が持つ世界観自体が、曲がり角を向かえている現象なのだと思います。

ただ!だからといって「欧米由来の理想」みたいなものを全部捨ててかかっていいのか?っていうとこれまた難しい問題で、