丸山(1914年生)と庄司だけは仲良し師弟でも、そこに江藤と加藤を投入すると、どのつながりで線を引いても「仲が悪い」地獄のダイアグラムができあがる。世代も左右も違いすぎて対話不能な、社会の分断ってやつだ。
だけど、それは乗り越えることができる。4人のうち最年少だった①加藤典洋は、やがて庄司にも、江藤にも(あとたぶん丸山にも)敬意を持つようになってゆく。――というか、そんな風に②ぼくが今回彼らの遺した著作を読み解くことで、二重の意味で、分断は乗り越えられる。
先ほど見たように、「戦後民主主義なんかもう要らないぜ!」とする空気が左の側から強まった、全共闘の時代に庄司薫の書いた文章が、当時はそう叫んでいたはずの、加藤典洋の25年近く後の文章に、ぴたりとつながる。
なんでそんなことが、起きるのか。
彼らがみんな歴史を生きていて、かつ批評家でもあったからだと思う。自分たちが暮らす現在は「かつての人が歩いた道」とつながっており、先を行く人が「書き遺したもの」からは意外な形で、必ずいまを生きるヒントを読み出せるとの、確信を持っていたという意味だ。
だからまさに庄司と加藤は、引用で同じことを言っている。戦前の日本を批判するのは、それでいい。しかし、当時を生きた日本人を「あいつらは他人だ」「俺たちより劣っている」「そいつらに共感なんて要らない」と切り捨てたら、戦後における反省は貧しく、偽善的なニセモノになると。
実は加藤の一節(3段落目)はもともと、「対立者を含む形で、自分たちを代表しようという発想」の例に、1995年当時のアメリカの二大政党制を挙げていた。冷戦が終わり、戦後生まれとして初めてビル・クリントン(46年生)が大統領に就いて、未曽有の黄金時代に見えていたころだ。