より正確には第一次トランプ政権でもIEEPAを根拠とした、特定の国に対する広範な関税を発動させようとしたことはあった。2019年のメキシコへの関税案である。もっともこの関税案は表明後にメキシコ政府との交渉を経て見送られたため「発動」とはカウントされない。この時米国国内の議会や産業界からも非難轟々であった。
同じように中国に供給先や消費先として依存する米国企業は第一次トランプ政権では中国との貿易戦争にも反対の声を挙げてきたが、第二次トランプ政権ではそのような声は限定的である。あれから数年経ってサプライチェーン多様化が進んできたのと、パンデミック後の習近平政権のおかげでそもそも中国が消費先として魅力的でなくなってきたためである。
中国に対する関税発動が第一次トランプ政権の時より平穏に進んでいるのはこのような背景もある。理由は不明だが、第二次トランプ政権が発足して以来中国当局は先進国との外交の場で存在感を消しており、トランプ政権の関税表明に対して反発も、回避のための交渉を試みるそぶりもしなかった。中国に対しては淡々と関税が引き上げられるプロセスにあると判断できる。
EUへの伝統的な不満
カナダ、メキシコ、中国とは別に、第二次トランプ政権はEUに対しても関税導入について繰り返し声明を発表してきた。これらの発言は主に脅迫や計画の表明であり、具体的な決定や実施はまだ見られない。
カナダ・メキシコへの関税表明の直後から「次は欧州だ」と表明されてきた。しかしメキシコや中国と違って、EUは米国に対していかなる脅威ももたらしていないため、EUに対して国家緊急事態を宣言することを通してIEEPAを根拠とした経済制裁的な広範な関税を掛ける法的根拠は乏しい。
もちろんこれからトランプ政権がEUの脅威をでっち上げることもあり得るし、ライトハイザーが考えた屁理屈通りに「EUに対する貿易黒字そのものが脅威」を理由とすることもできるだろうが、今のところEUに対して関税を引き上げるとすれば、その根拠はより古典的なものになる可能性が高いと判断できる。