私たちの心の奥深くに刻まれたこの原初の記憶は、私たちの脳をも変えました。
たとえば、私たちの脳にはアミグダラという小さな部位があることが知られています(LeDoux (1996) や Phelps & LeDoux (2005))。
ここは恐怖や不安を処理する中心的な場所で、外部からの刺激が少しでも「危険」や「違和感」を伴うと、すぐさま防衛態勢を整えようと信号を送ります。
また別のMRIを使用した研究では、自己と他者の違いが脳内で特定の反応を引き起こし、その反応が集団間の対立や敵意の形成に関与していることが示されました(Van Bavel, J. J., Packer, D. J., & Cunningham, W. A. (2008).)。
つまり「私とあなたは違う」と認識した瞬間、人類の脳内では自動的に敵意が形成されることがわかったのです。
ある意味で、人間は人間というだけで、既に闘争の第一条件が満たされてしまっているとも言えるでしょう。
さらにこの仕組みは、社会生活や文化の中でも大きな役割を果たしています。
社会心理学者タジフェルやターナーの研究(Tajfel & Turner (1979) 、 Turner (1987))によれば、人は自分を「所属する集団(内集団)」の一員として認識し、その枠組みの中で連帯感や共感を育む一方、内集団に属さない「外集団」には無意識の警戒心や敵意を持ちやすくなります。
たとえば、通勤電車や学校のクラス、職場での自然な集団形成は、このプロセスの典型例です。
しかし、現代社会においては、その自動的なフィルターが時として誤解や偏見、対立の火種となります。
また地域コミュニティに新たに加わった人々に対し、「よそ者」として無意識に距離を感じる現象は、まさにこの認知プロセスが働いている結果です。
あるいは職場で新しい人が入ってきたとき、つい「うちのやり方とは合わないかも」と排他的な目で見てしまうことはないでしょうか?