この変化について、共同研究者のリュドミラ・トルート女史(1933〜2024)はこう説明しています。
「野生下のギンギツネは成長して親元を離れると、顔や体型を生存競争に適した形に変化させます。
長く尖った鼻先は獲物を捕らえる際に、さまざまな狭い場所に突っ込みやすい利点がありますし、長い脚は獲物を追いかけたり、天敵から逃げるのに適しています。
しかし飼育環境では厳しい生存競争から解放され、自然の選択圧がなくなるので、行動や体型の幼体化が起こったと見られます」
要するに、人に飼育されるキツネにとって、最も生存競争に適した特徴は「人に好かれること」なのです。
飼育環境で生き残るために、キツネたちは人が好きそうな可愛らしく、穏やかな性質を自然選択したと考えられます。
さらに家畜化実験の中で最上級に従順で大人しいキツネの血液を採取し、反対に最も攻撃的なキツネたちの血液を比較したところ、従順で大人しいキツネたちは血中のコルチゾール値(ストレスホルモン)が非常に低くなっていました。
それだけでなく、気分の向上や不安の低減につながる「セロトニン」の量が大幅に増えていたのです。
つまり攻撃的なキツネたちに比べて、精神的にも非常に安定した個体になっていることを示していました。
その後、ベリャーエフは1985年(享年68歳)に家畜化実験の道半ばで亡くなってしまいますが、研究はリュドミラ・トルート女史が引き継いでいます。
トルート女史は実験の成果を1999年に論文としてまとめて、世界的に大きな反響を呼びました。
彼らの実験は野生下でなら何千年もかけて行われる家畜化を、わずか数十年で実現させたものとして遺伝学者たちに驚嘆されたのです。