「幹細胞性の低下」と「鉄の利用能力低下」が、がんリスクの低下につながっているのか?

この疑問を解明するため、研究チームは遺伝子組み換えによってがんになりやすいマウスを作り、さらにマウスの肺でがん化を引き起こすウイルスを導入する実験を行いました。

具体的には、若いマウス(人間でいう20~30代相当)と高齢マウス(人間の70代後半~80代相当)の両方を比較することで、がん化の過程に違いがあるかどうかを調べたのです。

その結果、高齢マウスの肺細胞ではNUPR1という転写因子とリポカリン-2(LCN2)という鉄結合タンパクの発現が劇的に上昇し、それによって細胞の鉄の扱い方が変化し、がん化を抑える方向に働いていることが明らかになりました。

さらに、高齢マウスの細胞では、DNAメチル化などのエピジェネティックな修飾が変化して、これらNUPR1やリポカリン-2を抑えるタグが取り去られて(脱メチル化されて)いたことが分かりました。

研究では、こうした遺伝子の活性化によって、細胞内部の自由な鉄が不足気味になり、細胞増殖や分化を支える仕組みが鈍化していたことがわかりました。

(※実際に、この高齢マウスの肺細胞に鉄を供給したところ、がん化が促進されるという結果も得られました。)

つまり、高齢マウスでは鉄を扱う遺伝子の発現様式が変わり、細胞内の鉄不足が引き起こされることで、幹細胞性が低下し、ひいてはがんリスクも抑えられている可能性があるわけです。

逆を言えば、若いマウスでは鉄を活用できる“元気”な幹細胞が存在し、そのためにがん化が急激に進む背景があると考えられます。

高齢者の場合、がんの進行がゆっくりになると言われていますが、いくつかのがんでは発生率そのものも低下しているのでしょう。

この結果は「高齢になればなるほどがんは増え続ける」という従来の常識に反するものであり、むしろ超高齢期には幹細胞性が弱まることでがん発生が抑制される、というメカニズムが具体的に提示された点で非常に画期的です。