がん研究の分野では、「自己増殖能・分化能を持つ細胞、すなわち幹細胞や前駆細胞が変異を獲得することでがんが生じる」という見方が一般的になっています。
つまり、体内で重要なポジションを持っている“幹細胞性が強い細胞”ががん化することが問題だというわけです。
これまでの研究では、幹細胞のがん化は、長い時間をかけてDNAに損傷や変異が蓄積することや、遺伝子そのものに変化がなくても、遺伝子発現パターンが大きく変化することが原因だと考えられてきました。
(※また遺伝子発現パターンの変動には「エピジェネティックスな変化」と言われており、DNAメチル化やヒストン修飾など、遺伝子の活性を抑えるタグが付与・除去されることで遺伝子が上手く動かなくなる場合があります)
こうした幹細胞での変化は老化に伴って発生し、高齢者の体内にある幹細胞性を低下させます。
つまり高齢者のがんリスク低下の要因として、幹細胞性が低下している可能性が挙げられるわけです。
簡単に言えば「がん細胞の元となる幹細胞自体が“ポンコツ化”すれば、がん細胞もできにくくなる」という理論です。
また鉄と言えば血液中のヘモグロビンを思い浮かべる人が多いかと思いますが、鉄はそれ以外にも細胞内でエネルギー生成やDNA合成、各種酵素反応などに必須のミネラルです。
さらに細胞が盛んに増殖するためには鉄が欠かせませんが、過剰になると細胞死(鉄依存性細胞死:フェロトーシス)を誘発することも知られています。
ある意味で鉄は、細胞のエネルギーや増殖を理解する上で非常に重要な因子です。
がん細胞は膨大なエネルギーを消費して増殖するため、もし高齢者の体内で鉄を上手く使えなくなっているとしたら、がんの増殖も抑えられる可能性があります。
そこで研究者たちは「幹細胞性の低下」と「鉄の利用能力の低下」の両方が、高齢者でのがんリスク低下に寄与しているのではないかと考え、仮説を検証することにしたのです。