世界からほとんどの記憶やデータが失われてエントロピーが最小値をとった瞬間、秩序だった書物のような情報が瞬間的に出現する条件が現れるわけです。

言い換えれば、通常なら「著者」という原因によって「本」という結果が生まれるはずが、この点では因果関係自体が途切れているために、まるで真空中の量子ゆらぎから粒子が出現するように、熱力学的フラクチュエーションによって、確率的に複雑な情報を持つ存在が出現できるという意味です。

熱力学的フラクチュエーションは、ランダムな揺らぎが発生する現象です。これは、システム内の粒子やエネルギーが偶然的に一時的な状態を作り出す自然の性質に由来します。

このような揺らぎは、特に小さなスケール(例えば分子レベル)で顕著ですが、大規模な系でも統計的に蓄積されることで異常な現象を引き起こす可能性があります。

CTC内では時間がループしているため、このようなフラクチュエーションが「待つ時間」が事実上無限に長くなります。

通常の宇宙では「完璧な紙の山が偶然現れる」のを待つのに膨大な時間がかかりますが、CTCでは時間が循環しているため、統計的に「いつか必ず」その瞬間が訪れることになります。

これを本の例に置き換えると、「一見すると誰も書いていないはずの本」がエントロピーの変化に伴い出現することがあるのです。

これは、物質やエネルギーがランダムに配置を取り直し、偶然的に「本の形状」という秩序だった構造を作り上げるからです。

「過去の因果関係なしに完成度の高い書物や記憶が現れるなんて、論理的矛盾ではないか」と感じる方も多いでしょう。

ところが、量子論的には不確率やゆらぎが存在し、統計的な観点から見れば確率が非常に低いだけでゼロではない現象は無数にありえます。

通常のマクロな世界では天文学的に低確率すぎて観測不可能ですが、CTCのような特殊環境では「短いループ時間での繰り返し」を経ることで、ごく稀な事象が生起してもおかしくないと考えることができます。