もし祖父の殺害に成功していても、旅の後半では殺害の記憶や痕跡、祖父へのダメージなどがエントロピーの減少とともに消えてしまい、さらにリセットがかかると「祖父を殺害しようと出発した時」の状態へ戻り、最終的には「祖父は殺されなかった」という結果のみが残るわけです。
研究では、人間の記憶や行動を量子力学や熱力学の式で簡略化して表現していますが、全体としては非常に強固な結論に至っています。
すなわち、エネルギーレベルの離散化 → エントロピー逆行 → 記憶や痕跡の消去 → 状態リセットという一連のメカニズムを経ることで、祖父殺しなどの因果矛盾が「そもそも起こらない」というのです。
研究者たちはこれらの結果から、ループ全体にわたる歴史修正力(自己無撞着性)と境目でのリセットが「祖父殺しのパラドックス」を回避していると結論づけました。しかし、最も興味深いのは、このリセットの瞬間に潜む謎かもしれません。
第3章:タイムループで「著者がいない本」や「根拠のない記憶を持つ人」が出現する
ここからは、Gavassino氏の研究で特に印象的な事例として挙げられている「著者のいない本」と「根拠のない記憶」について見ていきます。
どちらも、私たちの“常識”を越えた不思議なイメージを抱かせるものですが、博士の論文によればCTC の世界では決して矛盾しないといいます。いったいなぜ、そんな奇妙な現象が起こりうるのでしょうか?
前章で述べたように、CTC上ではエントロピーがいったん増加してから再び減少し、最後には初期状態へと巻き戻される可能性があります。
言い換えれば、ループのどこかでエントロピーが最小値をとる瞬間が必ず存在するわけです。
この最小エントロピーのイベント周辺では、通常なら「高エントロピー化(不可逆過程)によって生じる秩序の破壊」が起きにくいため、突然、きわめて秩序だった構造が“生成”されることがあり得ると考えられます。