これと同じ現象が書物ではなく人間の脳で起きた場合、熱力学的なゆらぎによって偶然に組み合わされた神経細胞が、根拠のない記憶を形成する可能性があります。
“著者がいない本”: エントロピー最低点(あるいは巻き戻り)で因果的プロセスを経ずにモノが出現する
“根拠のない記憶”: 同様に不可逆的に蓄積されるはずの記憶が、一方では巻き戻され、他方では因果的根拠なしに立ち上がる
ここまでくると「あまりにも偶然(確率論的)に頼りすぎでは?」と思う人もいるでしょう。
著者不在の本や理由なき記憶が出現する理屈は、確かに通常世界では起こりにくい極低確率の現象です。
ただ、CTCが存在する空間では、エネルギーレベルの周期的束縛やエントロピー再帰のような独特のメカニズムが働き、通常以上に「低確率事象が繰り返し起きる」環境が整ってしまう可能性があります。
つまり、「偶然一度起きるかどうか」ではなく、周回ごとに同様の不思議な状況が繰り返される構造があるため、“ごく稀な事象”が思わぬ形で顕在化しても不思議ではない――という説明が成り立ちます。
もし、このような“無因生成”シナリオをSF作品に取り入れるならば、登場人物が「誰が書いたのかわからない史書」を発見して混乱したり、「突如として膨大な記憶をもつ謎の人物」が現れ、それが真実かどうか確かめようにも証拠が消えてしまう――といったストーリーが展開できるでしょう。
従来のタイムトラベルSFとは違い、「時を越えて直接的に過去を変える」のではなく、「CTC内で一時的に生じた秩序や記憶が幻のように現れては消える」構図は、ある意味でより不条理な印象を与えます。
しかし、それが量子統計力学と相対論の合わせ技でいえば説明不能でもないというのが、近年の理論研究の面白いところです。
もうひとつ興味深いのは、「CTC 上で年老いた自分が若い自分に会う」ようなSF的シチュエーションの行方です。