先に述べたように、もしCTCで異なる地点・時刻に実体として“別々の自分”が現れるなら、その出会いによるパラドックスが懸念されます。
ところが、新理論の示すところによれば、そもそも記憶や状態が巻き戻されるので、年老いた自分が若い自分と対話するような場面は物理的に持続しないと考えられます。
もし見かけ上は「もうひとりの自分」がそこにいたとしても、実際には“自分の未来”から来たわけではなく、CTC のエントロピー極小点で偶然出現した“別の存在”かもしれません。
それに、その人が本当に未来の自分だと信じる根拠は、ループ終盤でどのみち消えてしまうため、確証も得られません。
因果律の破壊を回避する代償に、全ての記憶は忘れられ、全ての痕跡も消えていくのです。
第4章:まとめ「発見されたのは因果の保護機構かもしれない」
ここまでの議論を総合すると「CTC が実在し、タイムトラベルが行われたとしても、SF的な過去改変は起こりにくい」という結論に至ります。
むしろ、量子力学・熱力学・相対論が組み合わさることで、「ループを一周するまでにエントロピーや記憶が元に戻る → 結果的にパラドックスが表面化しない→リセット」という形に落ち着きます。
したがって、もし未来に技術が進んで本当にCTCを用いた時間旅行が実現した場合でも、その旅行者は自分が「過去へ行った」というドラマティックな物語を、人に語ることはできないかもしれません。
なぜなら、物語を語る前に、すべての記録や記憶がリセットされる運命にあるからです。
このように、理論上のタイムトラベル像は、エンターテインメントとはまるで違う、 “こぢんまりした世界”で完結してしまうのかもしれません。
SF的なイメージとは違い、「CTC を使ったタイムトラベル=自由に過去改変ができる」という単純な図式は、量子力学や熱力学の枠組みのなかではむしろ否定されるという結論に近づきます。