反強磁性体は、隣接するスピンが互いに逆向きにそろっており、トータルでは磁化がゼロになるため、外部磁場からのノイズを受けにくいという大きな利点があります。

しかしその分、外部磁場を使った制御が困難であり、「頑丈だけれど扱いにくい磁性体」として長らく挑戦的なテーマでした。

ですが今回の研究により外部磁場でのスイッチングが困難だった反強磁性体も、光パルスを介した制御なら、スピン–格子結合を通して深く干渉できることが示されました。

この特徴は、次世代の高密度メモリ技術――たとえばMRAMの発展形や光スピントロニクス素子など――への応用可能性を強く示唆しています。

反強磁性体をベースとするスピントロニクス技術において、「高速書き換えとある程度の保持時間」を両立できるのは非常に魅力的です。

また、従来の強磁性体を磁場や電流で切り替える方法と比べると、光制御は非接触で操作できるため、電流を直接流す必要がありません。

さらにテラヘルツ光は必要エネルギーが比較的低いにもかかわらず、スピン系と強く結合できるポテンシャルを持つため、低消費エネルギーで制御可能な点も大きなメリットです。

こうした背景から、「光を当てるだけで磁石になる」という本コラム冒頭のトピックは、一見すると奇抜でSFめいた印象があるかもしれませんが、実はFePS3という反強磁性体にテラヘルツ光を照射した実験が裏づける、量子物質科学とスピントロニクスの交差領域における大きなブレークスルーといえます。

今回の事例から見えてきたのは、「光を当てるだけで物質の相や秩序を自在に操れる」というコンセプトが、学術的好奇心の域を超え、実際のデバイス工学や産業へ本格的に波及し始めているという点です。

かつては「光で磁気を破壊する・消す」という実験が多かったのに対し、今では「光で新しい相を作り出す」手法が注目され、長寿命の状態を実現する例も増えてきました。