もしテラヘルツ帯の光が秩序再編の“触媒”になれば、FePS3(鉄・リン・硫黄からなる層状化合物)に磁石のような性質を授けられるかもしれない——そう考えたのです。
イメージとしては、かつての昭和時代に壊れかけのテレビを“叩く”ことで一時的に直すような荒療治ではなく、優しく“狙い撃ち”して磁力を呼び覚ますような制御を狙ったわけです。
(※当時は電子部品の接触不良が原因で、物理的衝撃が一時的な改善をもたらすと信じられていました)
結果として、テラヘルツ光を照射するだけで2.5ミリ秒以上も磁化状態が続くことが確認されました。
これまでの光誘起磁気現象は、ピコ秒~ナノ秒のオーダーで消えてしまうのが普通でしたから、この“ミリ秒”という時間スケールはそれよりも遥かに倍も長くなっています。
実際、研究者たちも「ミリ秒は永遠のようなものです」とコメントしています。
さらに今回の研究では「FePS3 の相転移温度(約118 K)付近になるほど、誘起される磁化が大きく、寿命も長くなる」という現象が観測されました。
これは118 K近くに“臨界現象を起こす境界”が存在し、わずかなテラヘルツ光の刺激だけでも“磁化の沸き立ち”を誘発できることを示しています。
しかも、2.5ミリ秒という桁違いの長寿命を考えると、光照射後も“準安定の丘”にスピン秩序が留まった可能性が高いと推測されます。
つまりFePS3 は「強いスピン–フォノン結合」と「臨界温度近傍での揺らぎ増幅」という特性が重なって、テラヘルツ光による新たな磁気状態を長時間維持できる、きわめてユニークな反強磁性体だと言えます。
第3章:まとめ「光は破壊だけでなく創造にも使える」
今回の研究が示す最大の意義は、テラヘルツ光を用いて「難攻不落」と思われていた反強磁性秩序を、長寿命かつ可逆的に変化させることを初めて実証した点です。