しかし、反強磁性体のようにスピンが逆向きに整列する場合や、常磁性体のようにランダムな場合は、外から見るとほとんど“磁石らしさ”を示しません。
ただし、反強磁性体にはきちんとスピン秩序が存在しているため、それを光や何らかの刺激で動かせるなら、磁石化できる可能性があるわけです。
再び人間の比喩で言うならば、まったく無法地帯(常磁性体)に住む人々よりも、“闇のオキテ”といえど一定のルールをもつ反強磁性体のほうが「正しい社会に取り込める見込みがある」というイメージです。
そこで今回、MITの研究者たちは、この反強磁性体FePS3に“正しい秩序”を与え、磁化させる研究に挑んだのです。
第2章:光で磁石でないものを磁石にすることに成功
これまで、素材に光を当てて特別な「何か」を引き起こす(いわゆる光誘起相転移)研究では、主に可視光や近赤外光が使われてきました。
しかし、これらの波長帯は電子系を直接励起してしまうため、物質に大きな熱的影響を与え、多くの研究では1ピコ秒(1兆分の1秒)ほどしか続かない“瞬間的な相転移”となっていました。
(※最近ではナノ秒代のものも報告されています)
同様に可視光や近赤外光を FePS3(鉄・リン・硫黄からなる層状化合物)に照射しても、磁化を長時間維持するのは難しいと考えられます。
実際、反強磁性体というのは隣り合うスピンが規則的に逆向きに揃っているため、見かけ上は磁化がゼロの状態です。
それでもスピン秩序自体はしっかり存在しており、もし光や外部刺激でその秩序をうまく動かせれば、磁石のような性質を引き出せる可能性があります。
そこで研究者たちは、テラヘルツ帯(約0.1〜10 THz)の光に注目しました。
テラヘルツ光は比較的“穏やか”なエネルギー域にあるため、電子系を過度に乱すことなく、必要な部分だけをピンポイントで刺激できます。狙いを絞り込むほど、物質全体を加熱してしまうリスクが下がるわけです。