次はスピンがどのように磁力にかかわっていくかをみていきます。

鉄やニッケル、コバルトなどの強磁性体では、電子スピンが同じ方向にそろいやすく、はっきりした“N極・S極”をもつ磁石の性質が現れます。

日常で使う磁石の多くが、この強磁性体に当たります。

一方、反強磁性体と呼ばれる物質では、隣り合う電子スピンが互いに規則正しく逆向きに整列するため、全体の磁化が打ち消され、見かけ上“ゼロ”に近い状態となります。

今回の研究で用いられたFePS3(鉄・リン・硫黄からなる層状化合物)も、この反強磁性体に属します。

また、アルミニウムやチタンなどの常磁性体や、金・銀・銅などの反磁性体も、磁石にはくっつきません。

常磁性体は電子スピンがランダムに向いているため、正味の磁化が生じないのが理由です。

反磁性体の場合は、磁石が近づいた際に誘起される電流が外部磁場を打ち消してしまうので、磁石に引き寄せられないのです。

人間社会に例えるなら、鉄・ニッケル・コバルトといった強磁性体は「国が定めた法律を好んで守る集団」、FePS3のような反強磁性体は「世間の法律とは別の“闇のオキテ”に従って秩序正しく暮らす集団」です。そして、アルミやチタンなどの常磁性体は「ルールに縛られない自由人の集まり」といったイメージでしょう。反強磁性体と常磁性体はいずれも磁石にはくっつきませんが、前者は“アウトローなりの規則”があるのに対し、後者は完全に何のルールもない“野蛮人”のような状態(スピン配列的に)といえます。

(※反磁性体はスピン配列がどうこうというより、磁石に対して反発する力を内部で発生させるため、“抑圧が嫌いな自由都市の市民”のようにたとえられます。)

このように、私たちが「不思議な力」と感じてきた磁力は、実は電子スピンや軌道角運動量による量子力学的な現象の集合体といえます。

つまり、磁力は決して“神秘的”なものではなく、スピンと軌道角運動量がもたらす効果の総合的な表れです。電子同士の交換相互作用によってスピンが一斉に並ぶと、マクロな磁気モーメント(巨大な磁石)として顕在化します。