そのためエバースタットは、あえて「出生率低下」の主要因として「人間の主体的意志の働き」を指摘した。そのうえで世界的にはこれは受け入れられてはいないから、若干の観察と推測を交えて、より具体的に「主体的意志の働き」による行為である「結婚からの逃走」(flight from marriage)という新概念を提示したのである。
これはかなり包括性に富んでいて、「晩婚化や非婚化」(people getting married at later ages or not at all)、「同棲や一時的な結びつきの広がり」(the spread of nonmarital cohabitation and temporary unions)、「一人で自活しながら暮らす世帯の増加」(the increase in homes in which one person lives independently)などを含んでいる。
世界的に拡散した自立性、自己実現、生活のしやすさ「結婚からの逃走」という行為は、先進国と途上国および豊かな国と貧しい国の違いだけではなく、文化や価値システムの相違も超えて、世界中に拡散しているというのがエバースタットの立場である。しかも宗教の力すらも乗り越えて、現世代の「結婚からの逃走」は前世代や前前世代との差異を際立たせはじめたという(同上:12)。
その背景には、世界中の人々に求められ受け入れられた理念としての自立性(autonomy)、自己実現(self-actualization)、生活のしやすさ(convenience)がある。
ただしこれらが「結婚からの逃走」の主な説明要因ではなく、むしろエバースタットは、それらを阻害する「子どもはたくさんの喜びを与えるが、その反面でもつ本質的な生活の不自由性」(children, for their many joys, are quintessentially inconvenient)こそが「結婚からの逃走」の主因であると強調するに至った(同上:12)。
「子育ての持つ不自由性と不便性」が抽出された