またBowles, S. (2009)らが発表した研究ではさらに踏み込み、仲間殺しが人間の社会的行動や人間の進化そのものにも影響を与えた可能性について言及しています。

さらにいくつかの研究では仲間による殺人率は死因の15%にも上った可能性が示されています。

これらの研究が示唆するのは、人間の死亡要因において仲間による殺害が非常に大きいウェイトを占めており、それが進化の道筋にまで影響を与えていたことを示しています

では「なぜそんなに人は人を殺していたのでしょうかか?」

主な要因には、縄張り争いや食料・資源の奪い合い、あるいは群れ内での序列・嫉妬などがあったと考えられます。

警察など犯罪者を捕らえる仕組みが存在しない社会では、殺人の動機を抑える足かせは現代社会に比べてずっと軽いものだったのでしょう。

この悲惨な歴史は農耕社会になっても引き継がれました。

普通ならば農耕によって食料が安定し、飢えの恐怖から解放されれば、人々はもう少し穏やかになるのではないか――と考えたくなるかもしれません。

しかし、考古学・人類学の知見は、むしろ農耕時代になって殺人率がさらに上昇した地域が少なくないことを示しています。

豊富な食料を蓄えるようになると、富や土地の所有をめぐる対立が生じ、組織化された暴力が増える方向に働いた可能性が指摘されているのです。

Wrangham, R., & Peterson, D. (1996)らの研究ではチンパンジーと人間社会の比較から、農耕の開始が集団の拡大と資源独占を促し、新たな形の暴力を助長するシナリオを論じています。

またPinker, S. (2011)らの研究でも、近代以降、長期的には暴力が減少しているという大局的見方を示しながらも、先史〜中世の段階では一部地域で非常に高い殺人率が継続していたことを多面的に分析しています。

研究によっては「条件によっては5人に1人が野生動物でも飢餓でもなく、仲間の手によって殺されていた」とする推定データも示されています。