昨年のCOP28で合意されたグローバルストックテイクでは「1.5℃目標を射程内にとどめる」とされたが、COP29において合意された「2035年少なくとも3000億ドル」という資金援助目標について途上国は強い不満を提起しており、1.5℃目標実現に不可欠な途上国の目標の大幅な引き上げは全く期待できない。もともと実現可能性のなかった1.5℃目標の死は誰の目にも明らかになりつつある。

しかし、平和団体が絶対に実現しない「核なき世界」を標榜し続けるごとく、COPやG7をはじめとする国際社会は1.5℃目標を掲げ続けている。

こうした中で、政府が1.5℃目標を表立って否定しにくいことも元役人としては理解できる。米国では政権交代によって前政権の政策を全否定することが常態化している。しかし自民党政権が続いている日本において、これまでの政策を全否定することはできない。

トランプ政権のように脱炭素に背を向け、パリ協定から離脱すべきだとの議論が一部にあるが、これは日本の外交戦略上、全く得策ではない。共和党政権が未来永劫続くことは考えられないし、トランプ政権と蜜月であった安倍政権でも温暖化対策やパリ協定については一線を画した対応をした。パリ協定の締約国として温暖化防止に努力することは決して間違っていない。

パリ協定で提出する目標も法的義務ではない。EUやバイデン政権の米国と並んで見栄えの良い目標を発表したとしても、それに向けた取り組みは国益を最優先とすればよい。国益を毀損してまで目標数値と心中する国など存在しない。

コストに対する目配りが不十分

国益を考える上で最も重要なのは、コストに対する目配りである。

日本は産業用電力料金も家庭用電力料金もアジア太平洋地域の中で最も高い。ウクライナ戦争後、欧州地域において電力、ガス料金が急騰したが、重要なのはEUとの比較ではなく、日本の輸出入の7割を占めるアジア太平洋地域とのコスト格差である。特に潤沢なエネルギー資源に恵まれた米国は、トランプ政権の下で更なるエネルギーコストの低下を目指す。