この程度の「黒人らしさ」で田村麻呂は黒人だったと断言できるなら、シカゴ・ブルースの2巨頭のひとり、マディ・ウォーターズはどう考えてもオリエンタルの顔立ちだから、シカゴ・ブルースの半分は東洋的な民俗伝承にもとづいているというトンでも音楽史だって成り立つでしょう。
それ以上に問題なのは、大型帆船が2~3ヵ月航行できる安全性・堅牢性を確保する以前の世界で、いったいどんな目的があって、どういう手段を使ってアフリカ大陸に住んでいた黒人が(2~3世代をかけてかもしれませんが)日本にやってきて、武人の家柄として記録の残っている系図の中に割りこめたのかといった問題をいっさい無視していることです。
長い年月にわたって白人に抑圧されつづけてきた黒人にとっては「黒人だってチャンスさえあれば白人と同じようなことをできたはずだ。いや、実際にしていたに違いない」と思いたくなる気持ちはわかります。
ですが、いったい何を目的にそこまで遠距離の旅行をしなければならないのか、まったく動機が不明です。15世紀以前の世界史にも、遠い異国に送られる外交使節団や絶対に遠い土地でしか手に入らないものを買い付けるために延々と旅をする商人の話は出てきます。
そうした明白な目的もなしにユーラシア大陸の3分の2以上の陸路をたどるか、インド洋から太平洋を北上する海路を経るかのどちらかでアフリカ大陸から日本までたどり着くというのは、現在の科学技術でいきなり火星や木星に移住しようとするのと同じくらい荒唐無稽な話です。
三角貿易の時代を支配していたのも「十字軍」精神実際に、世界で初めて大勢の人間を大海原を越えて運ぶという事業が成立するためには、次の地図でおわかりいただけるように、黒人を人間と見ず、奴隷=使役獣として大量輸送する三角貿易のもたらす莫大な利益が必要不可欠でした。
15世紀末にスペインが西回り、そしてポルトガルがアフリカ大陸南端回りのインドや香料諸島への航海路の開拓に乗り出すまでのヨーロッパは、ユーラシア大陸の既知の文明圏の中でもっとも貧しい地域でした。