広島に観光に行くと、原爆の面影も何もないから、たいしたことなかったんじゃないかなと思う人もいます。記念公園に行くと、こんなきれいな公園が昔からあったんだ、と思うのです。「違うよ、ここにはたくさん人が住んでいて、原爆でみんな亡くなったんだよ、だから公園になったんだよ」‥というのは、みんな知らないのです。
あまりにも知られていない中で、80年が過ぎようとしている、被爆者も亡くなっているので、その声を出すことに緊急性、危機感を感じて、早く作らないと、と思ったのです。
――「アトミックピープル」は被爆者証言を記録する形で進みますね。私自身、被爆者のことは知っているはずでしたが、改めて話を聞いてみると驚きました。最後に向かうと政治の話になっていって、過去の話だけではなく、今どうするかという話になっていきますね。これまでに数回見たんですけれども。目を背けたくなるような壮絶な場面が入っているというわけでもなかったので、話を聞きたいからまた見る、と思って見たわけです。
インマン氏:私も、被爆者の方にお会いした時、もちろんこんな悲惨な、想像のできない経験をしていった、それも子供として経験し、それをずっと持っている方、すごくつらいだろうなあと思ったんですよ。確かに、つらいとかはあるのだけど、みんなすごく・・・・
――番組はとても明るい感じで始まりましたよね。あれは意図的にそうなさったんですか?
インマン氏:被害者の方は「かわいそう」とか、そういうことだけがアイデンティティではなくて、みんな素晴らしい人生を送っていて、頑張っているからですけれども、すごくポジティブでした。私の方がシニシズムを持っているような気がしました。みんなとても希望に満ちていて沢山エネルギーがあって、何かしなきゃと思っているわけです。諦めがない。
明るくて、ユーモアがあって、優しくて。そこも私と(共同監督の)ベンは見せたかったのです。ただ悲しいとか(ではなく)。みんな悲しい、つらい思いをしているけれども、それとともにたくさんの喜びも経験しているし、本当にみんな、すごい。