これは1.5℃目標、2050年カーボンニュートラルというデファクトスタンダードの崩壊を意味する。
1.5℃目標の実現可能性は、もともとゼロに等しかった。IPCC第6次評価報告書に示された1.5℃目標と整合的な全球排出経路では、エネルギー起源CO2を2030年までに48%、2035年までに65%カット(いずれも2019年比)する必要がある。そのためには全球排出量を2030年までに年率9%、2030~35年で年率7.6%削減しなければならない。
これは世界中がコロナに席巻された2020年の2019年比5.8%減を大幅に上回る削減を、今後10年間継続しなければならないことを意味する。実現可能性があるとはとても思えず、それが実現するとすれば、中国、インドを含む新興国、途上国が今から絶対量で排出削減をするしかない。
しかし多くの開発課題を抱える途上国において、温室効果ガス削減の優先順位は決して高いものではない。国連の意識調査によれば17のSDGsの中で気候行動が占める優先順位はスウェーデンでは1位であるが、中国では15位、インドネシアでは9位に過ぎない。
多くの途上国が国別目標(NDC)を提出する際、先進国からの支援がなくても達成をめざす無条件目標と、先進国からの支援を前提とした条件付き目標の2段構えにしているのはこうした背景によるものである。
途上国への巨額な資金移転が実現しなければ、1.5℃目標を射程にいれるべくグローバルストックテイクに盛り込まれた野心的なエネルギー転換は「絵にかいた餅」になるだろう。
2024年末~2025年春にかけて各国は、2035年を目標年とする次期NDCを提出しなければならない。各国の改訂NDCを踏まえ、UNEPや環境系シンクタンク等が予測される排出経路を割り出し、1.5℃目標達成に必要な排出経路との間でのギガトンギャップを指摘することになるだろう。
COP30に向けて先進国や環境団体は「改訂NDCでは野心レベルが足りない」と新興国・途上国に目標積み上げを要求し、途上国は「NDCの野心レベル引き上げを主張するならば資金援助をもっと出せ」と応ずることになる。これまで延々と繰り返されてきた不毛な構図である。