その説明要因は、①延長(伴走支援特別保証)に入っている、②早期、あるいは契約満了時の返済が(約3,000億円)かなりあった、である。

ここでまとめておく。

ゼロゼロ融資制度の利用者は三つのグループに分かれる。

この制度を必要とし、その利用で企業の存続がはかられた。本来的な制度利用。 これといった使用目的(もちろん申請書には書かねばならない)がなく、資金を運用にまわした。“とりあえず”の利用。 再生見込みの薄い企業。緊急措置のため十分な審査ができなかったことによる、乱用。

代位弁済になるのは3であり、2が弁済率を下げた。1がどのくらいあったかは不明である。延長戦(1,600億円)が終了するとき、代位弁済が増えることは予想される。

問題!

必要ないのに借入された資金はどこにいくか。当時の金融機関の定期性預金利息はゼロに近かったから、考えられるのは有価証券、それから組成したファンド系だ。中小企業の社長室には、この種の金融商品の売り込みは連日の盛況だった。それは利息がないのだからノーコストの資産運用であった。楽して儲ける事を推奨したのと同じである。

存在の怪しい企業も借り手となった。その怪しさが現実になったときの損害は国が引き受ける。信用保証の代位弁済の行きつくところは税金負担だ。金融機関として旧政府系の二機関が先行し、それに民間金融機関が続いた(図3参照)。個人事業主向け最高限度額は6,000万円、中小企業向けは3億円である。

国を除けば誰も損をしない。無利子といっても借り手が利息を払わないだけで、国が払う。焦げついても担保はない。これも国がなんとかする。おかげで金融機関はノーリスクで貸し出しを伸ばした。信用保証協会には保証料が通常通り支払われた。つまり、国が金融界に補助金をバラ撒いた。それで“えーじゃないか!”でも本当にそうなのか? 失ったモノがありそうだ。

それは金融世界とそこに働く人のモラルだろう。モラルに基づいた金融マンの行動から、その結晶として「名もなき暴落⑤」で述べた“銀行力”は展開するのだから、失ったものは少なくない。