この事件は、検察が組織として決定した小沢一郎氏の不起訴を、東京地検特捜部が、虚偽の捜査報告書を検察審査会に提出し、検察審査会を騙して「起訴すべき」との議決に誘導して覆した「特捜部の暴発」とも言える不祥事だった。

これに対して、当時の小川敏夫法務大臣は、不起訴処分の前に、検事総長に対して指揮権を発動して厳正な対応を求めようとしたが、野田佳彦総理大臣に止められたと、退任時の記者会見で明らかにしている(拙著【検察崩壊 失われた正義】毎日新聞社:2012)。

この時の検事総長は、私が検察官の現役時代の最も尊敬する上司であった。元特捜部長で特捜部の内実も知り尽くした検事総長ですら、この歴史上の汚点とも言える「検察不祥事」に対して厳正に対応することはできなかった。そのことは、検察の組織的不祥事に対する検察内部の対応の限界を示している。法務大臣の指揮権で対応すべき典型事例だったと言うべきだろう。

袴田事件再審判決への控訴と法相指揮権

では、袴田事件再審判決に対する検察官の控訴という「権限行使」について、どう考えるべきか。

この事件は、強盗殺人事件という、本来は、検察が、「法と証拠」に基づいて判断すべき刑事事件の典型例である。袴田氏を無罪とした一審判決には、「5点の衣類」のねつ造、当初の刑事裁判を担当した検察官に対する「ねつ造された証拠を公判に提出して冤罪を作り上げた」かのような事実認定が、証拠に基づく合理的なものと言えるかなど、検察官にとって許容できない事実認定の問題がある。検察が「法と証拠」だけで判断するのであれば、控訴申立以外に選択肢はないように思えた。

もともとは、典型的な刑事事件であったが、58年もの年月の経過により、もはや刑訴法に基づく刑事裁判として真相解明を行って解決する範疇を超えた事件になっている。

再審判決は、捜査機関のねつ造を、従来の刑事訴訟による事実認定の枠組みを超えた強引な認定で無罪の結論を導いたが、それは、検察にとって「法と証拠」に基づく認定としては到底受け入れられるものではなかった。