(イ)の「味噌漬け実験報告書」は、再審請求審において、最終的に「無罪を言い渡すべき新規・明白な証拠」とされた。

袴田氏を有罪とし、死刑とした確定判決では、一審の公判段階で犯行現場付近の味噌樽の底から発見された「5点の衣類」が袴田氏の犯人性についての最大の「積極証拠」とされた。しかし、大善決定は、血痕の色調の変化に関する実験結果と科学的知見に基づき、「味噌樽に隠匿後1年以上経過したものである可能性は極めて低い」と判断し、5点の衣類が、袴田氏が犯行後に隠したものではなく、発見から近接した時期に味噌樽の底に入れられたものであり、それは捜査機関が衣類に血痕を付着させるなどしてねつ造し、味噌樽の底に隠した可能性が高いと判断した。

それによって、袴田氏の犯人性についての最大の証拠である5点の衣類の証拠価値が否定され、他に犯人性についての証拠は、一審の公判段階で発見された「5点の衣類」以外には、袴田氏のパジャマから微量の血液と混合油が検出されたことと自白調書しかない。

自白調書については警察の取調べが、連日長時間にわたる「強制、拷問又は脅迫による自白」だとして任意性が否定され、警察官調書は全く採用されず、証拠採用されたのは検察官調書一通のみである。

「5点の衣類」が「被告人と犯行の結びつき」の積極証拠であることが否定されると、犯人性についての証拠は極めて希薄となり、その結果、「疑わしきは被告人の利益に」の原則にしたがい、裁判所としては「無罪を言い渡すべき」ということになると判断され、(イ)の「味噌漬け実験報告書」が、「無罪を言い渡すべき新規・明白な証拠」とされたものである。

この「味噌漬け実験報告書」は、袴田氏の犯人性についての決定的な「積極証拠」とされた5点の衣類の証拠価値について疑問を生じさせる証拠であり、再審公判でも、その証拠評価が審理の中心となったが、その証拠としての位置づけ、証拠の性格について、特異な要素があることに留意する必要がある。

「味噌漬け実験報告書」の特異性