しかし、そのような本件についての審理・判断の困難さは、検察官が控訴を申立てた場合に、控訴審を担当する裁判所にとって一層大きくなることは想像に難くない。そういう意味で、この事件の真相解明は、もはや刑訴法に基づく刑事裁判の範疇を超えているというべきであろう。

法務大臣指揮権による最終決着を

再審判決の「3つのねつ造」の認定と再審公判での主張に対する批判は、検察にとって受け入れ難いものであり、現行法の解釈・実務において、無罪判決に対する検察官控訴が許容されている以上、再審判決に対しては控訴を申立てる以外に選択肢はないように思える。

そして、検察官控訴が行われた場合、弁護人も、困難な判断に迫られることになり、控訴審は、簡単に「控訴棄却」で決着するとは考えらえない。相応の期間がかかることは覚悟せざるを得ないだろう。

しかし、一方で、事件発生から既に58年、袴田氏は88歳、これまで袴田氏を支えてきた姉のひで子氏も91歳。年齢を考えると、これ以上、再審の審理が長引くことは社会的に許容できない。新聞各紙も社説で検察官控訴断念を強く求めており、実際に検察官が控訴を申立てた場合、検察組織が猛烈な社会的批判に晒されることは想像に難くない。もし、高齢の二人のいずれかに万が一のことがあった場合には、検察批判の大炎上を招くことは必至だ。

上記述べたように、既に、刑訴法に基づく刑事裁判として解決する範疇を超えているように思えるこの「袴田事件」の最終決着のための唯一の方法は、法務大臣の指揮権(検察庁法14条但し書)によって、控訴申立を行わないように、もし控訴を申立てた場合には取下げるように、検事総長に対して指示することではないか。

法務大臣自身が、自らの責任において、明示的に14条但し書きの個別の事件の捜査・処分についての指揮権を行使することがあり得る。それが実際に行われたのが、造船疑獄における法務大臣の指揮権の行使であり、通常、「指揮権発動」というのは、このことを指している。