「検察の理念」は、上記の検察不祥事を受けて法務省に設置された「検察の在り方検討会議」の提言を受けて検察が策定したものである。それだけに、「検察の理念」に基づく判決の批判は、検察にとって極めて重いものであり、公判での立証活動全体にも影響を及ぼしかねない。
袴田弁護団にとっても受け入れがたい「再審判決の理由」以上のとおり、再審判決が認めた「3つのねつ造」は、検察官にとって到底受け入れがたいもののように思える。
では、その再審判決が、これまで長年にわたって、冤罪との戦いを続けてきた弁護人たち、袴田弁護団にとって、手放しで喜べる内容であったかと言えば、決してそうではない。
袴田氏の再審の扉を開く契機となった村山決定が最も重視した「5点の衣類」についてのDNA鑑定(本田鑑定)の証拠価値を否定しただけでなく、「5点の衣類」が袴田氏の着衣ではないことについてのズボンのサイズ、血痕の付着状況などについての弁護人主張は、「味噌漬け実験報告書」以外はすべて排斥した。
そして、弁護人が、袴田氏が犯人ではなく、別に真犯人がいると主張する根拠としてきた、「複数犯」「外部犯行」「怨恨」による犯行だとする犯人像の主張、それに関連する事件発生直後からの警察の証拠ねつ造の主張など、袴田氏の犯人性を否定する主張は悉く排斥している。一方で、多くの事実について、「被告人が本件の犯人であることとの整合性」を認める判示を行っている。
現場の状況、凶器等の現場の遺留物についての判断から、袴田氏以外の犯人の可能性もあると述べる一方で、犯人像の中に袴田氏が含まれることは否定していないのである。
「5点の衣類」のねつ造の認定に関する再審判決の判示の「被告人が無罪となる可能性も否定できない状況にあったが、被告人の有罪を確信して本件捜査に臨んでいた捜査機関において被告人が無罪となることが到底許容できない事態であった」との表現からも、再審判決が認定した「捜査機関によるねつ造」は、弁護人が主張するように、真犯人がいることを認識しつつ、敢えて袴田氏を犯人に仕立て上げる、という「悪意」によるものではなく、袴田氏が犯人であると確信し、しかし、それを立証する証拠が十分ではないことから、「無罪判決によって真犯人を野に放ち、4人惨殺事件は迷宮入りする」という捜査機関にとって「最悪」の事態を回避するための「究極の選択」として行われた可能性を想定し、だからこそ、常識的には想定し難い「捜査機関による証拠ねつ造」も、本件に限っては想定できないものではないと判断したとも考えられる。