④ 5点の衣類が発見された当時、被告人の自白の任意性が否定され、被告人が無罪となる可能性が否定できない状況にあり、被告人の自白と矛盾し、検察官の当初の立証方針に沿わないとしても、捜査機関が被告人の有罪を決定付けるために5点の衣類のねつ造に及ぶことは、現実的に想定し得る状況にあった。

⑤ 昭和42年8月3 1日に5点の衣類が発見された後の吉村検察官による警察の捜査活動と連携した臨機応変かつ迅速な主張·立証活動を考慮すると、少なくとも吉村検察官にとって、被告人の自白と矛盾するような当初の立証方針の変更は、その立証活動に支障を来すほど影響はなかった。

この「5点の衣類のねつ造」の認定の基礎となっているのは、「1年以上味噌漬けされた場合にその血痕に赤みは残らない」ことについての「断定的判断」である。弁護人請求の専門家証人のみならず、検察官請求の専門家証人の意見も踏まえて、その結論を導いている。

しかし、そもそも、「味噌漬け実験報告書」は、「5点の衣類」自体についての分析結果ではなく、類似した条件下での血痕の変色の経過の実験による類推と科学的な推論によるものであり、間接的なものに過ぎない。それを「捜査機関による組織的証拠ねつ造」という事実を認定する証拠とすることには、もともと限界がある。

「ねつ造は非現実的で実行不可能」との検察官の主張に対して行っている①~④の反論も、「ねつ造の可能性を完全に否定することはできない」という指摘にとどまるのであり、積極的にねつ造が行われたことの根拠になるものではない。

例えば、③の「味噌製造会社の従業員の協力を得た上で限られた期間内に5点の衣類を隠匿する可能性」について、「会社に無断で従業員が協力する可能性」を完全に否定することはできないことは再審判決の指摘のとおりかもしれない。

しかし、警察が従業員に、何物かを味噌タンクに隠匿したいので協力してほしいと協力を申し入れることになるが、そこには拒絶されるリスクもあるし、それが、後日発見され、袴田氏の刑事裁判で有罪の最大の証拠とされることになった場合、会社に無断で警察に協力した従業員の心理的葛藤は想像を絶するものになるであろう。